気持ちよくなったあと、ふっと胸の奥が冷える。おもちゃに頼った自分が、なんだかだらしなく思える。世の中は厳しいことばかりなのに、自分だけいい思いをしていいのか。
編集部には、誰にも迷惑をかけていないのに自分を責めてしまう人の打ち明け話が、声をひそめるように届きます。快楽はそもそも悪いものなのか、罪悪感はどこから来るのか、どう捉え直せば軽くなるのか。
ひとりで快楽を得ることは、悪いことではない
ひとりで気持ちよくなることにも、おもちゃを使うことにも、行為そのものに悪はありません。性の健康に関する国際的な考え方では、快楽は守られるべき健康の一部に数えられています。
性の健康の国際的な宣言は、ひとりの快楽も含めている
メキシコシティで開かれた世界性の健康学会の学術集会で、セクシュアル・プレジャー宣言が承認されました。宣言は快楽を、他者との、あるいは個人単独のエロティックな経験から生まれる、身体と心の満足と楽しさと定義しています。快楽の源にアクセスすることは人間としてあたりまえの経験で、主観的なウェルビーイングの一部をなす、とも宣言しています。
同じ宣言は、快楽が他者の人権やウェルビーイングを侵して得られるものであってはならない、と線を引いています。裏返せば、誰も傷つけないひとりの快楽は、線の内側にあります。
おもちゃは、手の代わりを務める道具にすぎない
米国の18歳から60歳の女性2,056人を対象にした全国調査では、52.5%がバイブレーターを使ったことがありました。使っている人ほど、性欲や興奮、潤い、絶頂などの性機能が良好で、71.5%は体の不調を一度も経験していませんでした。男性でも44.8%に使用経験がありました。
日本でも変化が起きています。女性向けのセルフプレジャーアイテムのブランドが2023年に全国紙へ初めて広告を出し、百貨店の売り場で手に取って買えるようにもなりました。おもちゃは、眼鏡や湯たんぽと同じく、体の働きを助ける道具の一つです。
おもちゃを使うことで快楽を得ることも罪悪感がある、というのには、手を使うよりさらに一段悪いことをしている、という感覚がにじんでいました。道具を使うかどうかで、行為の善し悪しは変わりません。
罪悪感は本来、誰かを傷つけたときに鳴る警報
罪悪感は、誰かを傷つけたときに償いへ向かわせるための感情です。誰も傷つけていない場面で鳴っているなら、警報のほうが誤作動を起こしています。
罪悪感は、相手の損失に目が向いたときに生まれる
台湾で行われた研究では、過ちの場面で他人が受けた損失に注意が向くと罪悪感が生まれやすく、罪悪感を抱いた人は償いの行動をとりやすいことが示されました。イタリアの研究でも、罪悪感は償おうとする傾向と結びついていました。罪悪感には、傷つけた相手との関係を修復させる役目があるのです。
相談文には、誰かに迷惑をかけたという話は一つも出てきませんでした。償う相手がいないのに鳴り続ける罪悪感は、警報の設定がずれている状態に近いものです。
3つの問いで、罪悪感の正体を確かめる
罪悪感がわいたときは、3つの問いに答えてみると正体が見えてきます。誰かを傷つけたか。誰かとの約束を破ったか。自分の健康や生活を壊しているか。3つとも答えがいいえなら、罪悪感には償う相手がいません。
反対に、答えがはいになることもあります。パートナーと決めたことに反している、仕事や睡眠を削ってまで続けてしまう、といった場合です。そのときの罪悪感は、向き合うべき課題を知らせています。答えがはいのときも、快楽そのものではなく、約束や生活の組み立てを見直せば足ります。
快楽への罪悪感には、昔の誤解と育った環境が混ざっている
快楽に後ろめたさを覚えるのは、あなたの心が弱いからではありません。自慰や快楽を恥ずべきものとしてきた長い歴史と、育つ中で受け取った言葉が、今も心の中で鳴っているのです。
自慰が病気を招くという話は、医学が昔に否定した誤解
自慰はかつて、さまざまな病気の原因と誤って結びつけられ、裏づけがないまま、文化や医学の偏見によってその見方が長く残りました。宗教的な価値観が、自慰への道徳的な否定と結びつきやすいことも指摘されています。日本でも性にまつわる商品は、卑わいでタブーなものという印象から、広告を出せる場を長く限られてきました。あなたの罪悪感の一部は、あなた自身の判断ではなく、社会が長く抱えてきた偏見の名残かもしれません。
相談文には、罪悪感の理由が書かれていませんでした。理由が言葉にならない罪悪感は、自分で考えて選んだ判断というより、外から受け取った言葉である場合があります。いつ、誰から、快楽を恥ずかしいものと教わったのか。思い当たる言葉を紙に書き出すと、自分の声と借り物の声を分けやすくなります。
罪悪感そのものが、心と性の健康を削ることがある
性機能の外来に通う男性4,211人を調べたイタリアの研究では、自慰のあとに罪悪感を覚える人が約8%いました。その人たちは、うつや不安、心理的な苦痛を抱えやすく、性の悩みやパートナーとの衝突も多い傾向がありました。おもちゃの使用についても、否定的な思いを抱いたまま使う女性には、肯定的に捉えている女性ほどの性機能の良さが見られなかった、と研究者は話しています。
快楽を悪と感じながら得る快楽は、体を満たしても心を満たしきれません。罪悪感を減らすことは甘えではなく、健康の手入れの一つです。
世の中が厳しいからこそ、快楽は回復の時間になる
世の中が厳しいことと、あなたが快楽を得ることは、天秤の両側に載ってはいません。厳しい毎日を生きているからこそ、快楽は心と体を立て直す時間になります。
自分が我慢しても、誰かの苦しみは減らない
世の中の厳しさを前にして自分の楽しみを削っても、どこかで苦しんでいる人の苦しみが軽くなるわけではありません。削られるのは、あなたが明日をしのぐための力のほうです。まじめな人ほど、楽しむことと怠けることを同じ棚に入れがちです。厳しさに向き合い続けるためにこそ、回復の時間が要ります。
ひとりで達したあと、眠りが良くなったと感じる人は多い
オーストラリアの研究で成人778人に尋ねたところ、自慰で絶頂に達したあとは、眠りの質が良くなり寝つきも早くなったと感じる傾向があり、男女の差はありませんでした。TENGAの調査でも、自慰が増えた理由としてストレス発散やリラックスのためと答えた人は、日本人女性と米国の男女でそれぞれ6割前後にのぼりました。多くの人にとって、ひとりの快楽は、眠る前に体の緊張をほどく手段になっています。
自分に優しくすることは、いい時間を味わう力にもなる
自分を思いやる心のあり方は、セルフ・コンパッションと呼ばれます。提唱者のクリスティン・ネフによれば、三つの要素から成り立ちます。自分への優しさ、苦しみは誰にでもあるという共通の人間性の認識、今の感情に気づくマインドフルネスです。学術誌に載った研究では、自分に優しくすることが、つらい時を乗り越えるだけでなく、良い時をより深く味わうことにも役立つと示されました。気持ちよかった時間を責めずに味わいきることも、自分への優しさの一つの形です。
罪悪感を小さくするための、今日からできる練習
罪悪感は、考え方を一度変えただけでは消えません。言葉と段取りを少しずつ変える練習を重ねるほど、鳴る回数が減っていきます。
呼び方と準備を変える
こっそりすることではなく、自分をいたわる時間。呼び方を変えるだけで、同じ行為の手触りは変わります。おもちゃは清潔に洗い、シーツやタオルを整え、スマホの通知を切る。準備を整えることは、隠れて済ませる後ろめたさを、自分を丁寧に扱う手順に置き換えることです。
終わったあとに罪悪感がわいたら、打ち消そうとせず、罪悪感がきた、と心の中で名前をつけて見送ります。名前をつけたら、3つの問いに戻る。誰かを傷つけたか、約束を破ったか、生活を壊しているか。答えがいいえなら、罪悪感には帰ってもらってかまいません。寝る前に、今日気持ちよかったことを一行だけ書き残す習慣も、いい時間を味わい直す練習になります。
楽しいことすべてに罪悪感が広がるなら、心の疲れを疑う
罪悪感が性の快楽だけでなく、おいしいものを食べる、休む、笑うといった楽しみすべてに広がっているなら、心が疲れている可能性があります。厚生労働省の資料は、うつ病の基本的な症状として次のようなものを挙げています。強い抑うつ気分、興味や喜びの喪失、睡眠や食欲の乱れ、疲れやすさ、強い罪責感などです。うつ病の判断では、中心となる症状が2週間続いているかが目安にされます。快楽を許すことは、厳しい世の中から目をそらすことではなく、厳しい世の中を歩き続けるための支度です。
よくある質問
マスターベーションは体に悪いのですか?
体に悪いという医学的な根拠はありません。自慰が病気を招くという考えは、裏づけのないまま文化や医学の偏見で広まった誤解だと指摘されています。
おもちゃを使うと、ふつうの刺激で感じにくくなりますか?
米国の全国調査では、バイブレーターを使う女性ほど性欲や興奮、絶頂などの性機能が良好で、体の不調を経験していない人が71.5%でした。気になるなら、強さを控えめにしたり、使わない日をつくったりして、自分の感じ方を確かめられます。
罪悪感があるのにやめられないのは、依存ですか?
罪悪感があるだけでは依存とはいえません。WHOの国際疾病分類は、強い性的な衝動を抑えられない状態が6か月以上続き、生活への支障や強い苦痛が出ている場合を、強迫的性行動症としています。そのうえで、苦痛が道徳的な判断や非難だけから来ている場合はこの条件を満たさない、と明記しています。生活や仕事に支障が出ているなら、専門家に相談してかまいません。
パートナーがいるのに、ひとりでするのは裏切りですか?
ひとりの快楽そのものは裏切りではありません。パートナーとの性行為が多い女性ほど、ひとりでする回数も多い傾向があったという調査もあります。二人で決めたルールがあるなら、ルールの中で考えれば足ります。
宗教や家庭の教えから罪悪感が来ているときは、どうすればいいですか?
教えそのものを捨てる必要はありません。教えが何を守ろうとしているのかを、信頼できる人や同じ信仰を持つ相談相手と話すと、快楽との折り合いの付け方が見えてくることがあります。道徳的な価値観と行動のずれから来る苦痛は、病気の診断とは別に扱われるため、あなたが異常だということにもなりません。

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